【FGO】2部終章は全体が「ソシャゲでしかできない」「リアルタイムで楽しさがわかる」設計。質や達成感も10年の軌跡の集大成として相応しい内容だった
マップ画面だとちゃんとグランドオーダー2019/12/31 23:59終了と書いてたんだよね
あのマリスのセリフは本当にメタ的にプレイヤーに向けて言ってたりしないか
あなたも、そう思うでしょ?みたいなのは完全にこっちに言ってるなって認識してた
今年が過ぎだ後終章をやるマスターがいればわかるよ
自分も「いつの」12月31日なんだ? って一瞬思ったんですけど、マップで2019〜と表示されているのを見てああこのまま進めていいのね、ゲーム内の話だからって、納得した……してしまったんですよね。
……してやられたのだろうか
・・・そういえばあのバナーがひび割れて砕けたんだよな
・・・つまり「グランドオーダー終了」が「撤回」されたということになるのか?
もしかして自分たちは「別の黒幕」に陥れられた・・・?
真のビーストⅦ「やあ」
あのバナーのグランドオーダー終了=マリスビリーの計画である宇宙の更新完了だから粉々にぶち砕いて正解
見返したんだけど、マスターの声がでない描写があってセリフもテキストが表示されてないのに、選択肢ははっきり表示されてる
この選択肢はマスターの声が出ない代わりの心の描写だと思ってたけど、プレイヤーの意識だったりするのかもと思いました
その後のオルガマリーリリィとの会話は選択肢でても良さそうなのにマスターのセリフが固定だったし…
過去もマスターの意識強めのセリフ描写があったからおかしくはないんだけど、誰が誰に向かって話してるのかが重要そう
終章は全体が『ソシャゲでしかできない』『リアルタイムでしか本当の楽しさがわからない』設計だったと思います。
「書こうと思えば幾らでも詳細に長く書ける作家・奈須きのこ」が終章ではあえて
「ソシャゲの形態を戯画化したラスボス」を出し
「ソーシャル(共同)で最大に盛り上がるレイド」を山場にし
「解釈が必要なテキストで語るのをやめて」ラストバトルを含めゲーム画面演出重視で
数多の伏線の解答すら多くを棚上げにして「誰でも遊びやすい短さ」にしました
物語のオチも「冒険の記憶を失った主人公が現実で何も知らないヒロインと再会する」という
王道も王道すぎてチープと言われかねないものを真っ向から出してきました
全て「10年間毎日FGOを楽しんだユーザー」に焦点を絞って
ユーザーが持っているだろう「楽しかった記憶の数々」を深く信頼した上で
リアルタイムでやらないと得られない「満足と感動の体験」を
10年支えてきたファンへ返すための設計なのだろうと思います。
数々のガチャを回しイベントをクリアしバグやミスに炎上しそれでも更新を待っていた、春夏秋冬の記憶があってこその至福の満足感なので、後々未プレイな方が小説としてFGOを読んでも百分の一の満足も得られないのでしょう。
長さという意味でのボリュームで言えば終章そのものはブリテンやミクトラン程じゃないけど
質や達成感という意味で言えばそれらと遜色ないどころかちゃんと10年の軌跡を〆るに相応しい内容だったと思うわ終章
やっぱり激アツだったからな最後の戦い。
EDの最後で(ほぼ)現実の東京駅が(自分のスマホの画面に)映し出されることで
冒険の終わりが私たち(現実のユーザー)と重なるところまで含めて
計算され尽くした設計であり演出だったと思います。
それはそれとして、所長が落ちていくのは人の心
知るか走れ主人公!こちとら終わりは決めたんだ
終わりは決めたんだってユーザーが思えた時点でソシャゲとして快挙だよな
元スレ : 【第2部 終章】『終章』攻略・考察スレッド34
単純に2部終章を終えた感動とその余韻を楽しむという意味でもリアルタイムで遊ぶのは大事だったと思いますね。しばらくたった今は考察に精を出すようになってますから。スケジュールも含めてよくできた構成だと感じますよ。


素晴らしい最後だった
だけど、謎が残って議論が勃発してんのが型月らしい
それだけ愛されてる作品なのがわかる