【FGO】神はどちらでもいい。コスモスインザロストベルトで何度か出てきた台詞が第2部終章で再び注目される
それはないね。神はどちらでもいいというのはソロモンが言ったように人間の選択なんかどちらでも良いという見下し発言だからね。
しかしマリスビリーは人類愛をちゃんと持っていたがマリスは誤解するとか親の心、子知らず。だったな
いや、マリスビリーを神と仮定して、神(マリスビリー)はどの選択が選ばれたっていいという無関心さじゃなくて、
「マリス・カルデアス」でも「オルガマリー」で神はどちら(がなっても)いいっていうこの後につながる発言かなって。
最後になんか気付いた感というかなんかそれまでの神はどちらでもいいとちょっと違う感じがする。
マリスちゃんが最後にリフレインしていたこのワード、意味深よね
マリスちゃん自身がこの言葉使った、Aチーム復活させる時とかは
自分を「神」として、どっちでも構わんよ?という意味だったけど
最後に口にした時、彼女はこの言葉(言ったのは多分マリスビリー)の
本当の意味を理解して、真相に気づいたような雰囲気だった
神(絶対唯一の正解)はどちら(の選択肢)でもいい。
「選択肢それ自体はどちらを選んでも良い。選んだ後にそれが最善の結果をもたらすように努力することが大事だから。」
自分の解釈はこれだな。
表現は極端だけど、この考え方自体はある程度手垢のついたものなので別に珍しいものでもないべ。
歓談やら考察もfateシリーズの醍醐味よね。
何で今更クリプター蘇生の時のセリフ連呼するんだって
その独白をふまえると
あの「ざまあみろ」は誰宛だったんだろうなって今になって疑問が湧く
終章の予習イベントだったオルガマリーアイランドだけど、ポカ、美遊、ティアマトはわかりやすいけど、悪役令嬢はなんだったんだ?ってなるけど、あれ、『異星の神候補が2人いる』って伏線でどっちが選ばれるかはカルデアマスター次第という前フリだった説
あれはそもそも「どちらでもよい」が受け売りの言葉で、今際の際にそれに縋るだとか逆にようやく真意に気付くだとかのわりとよくある系断末魔のように聞こえたな
マリスも誰かに言われたことあるからその言い回し使ったんじゃねーかと思うんだよな
(人理保証をするのがオルガでもマリスでも)どちらでもいい的な
マリスに口添えした奴が言った言葉だったのだろうか
「お前達が成し得るか否か、こちらとしてはどちらでも構わない」って感じの言葉だったのかも
それで「やってやりますよコノヤロウッ!」ってなったから
マリスはあれだけ意固地になっていたのかもしれない
元スレ : 【第2部 終章】『終章』攻略・考察スレッド40


これどっかで言及があったようななかったような…
「どっちでもいい」のではなく、「選んだ方を正解にできるよう努力するのだ」が真意だった、とかなんとか